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磯部家・矢島家屋敷跡

磯部家は江戸時代、全国に名を轟かした豪商である。

現在の祐綏神社入口の大鳥居は、磯部家最後の当主磯部敏祐が明治7年に奉献したものである。

矢島家は、東京電力の前身である東京電燈を設立し、初代社長に就任した矢嶋作郎(本名伊藤湊 徳山上御弓丁生れ)が磯部家の土地を譲り受け、帰郷後、下松宮の洲に居を構えたことに始まる。矢島専平は矢嶋作郎の養嗣子。島田村旧家小倉家、甚吉の二男。大正9年山口7区(都濃郡)より衆議院議員当選、その後下松銀行(現山口銀行)頭取等在任し、地方財界に貢献。久原房之助に協力し、広大な土地を提供。現在の下松臨海工業地帯の礎となった。また、親戚関係にある松岡洋右の後ろ盾となり、政界にも影響を及ぼす。洋右の専平に宛てた手紙が多数残されている。その後、一家は東京へ居をかえた。五男三女に恵まれ、華やかな一時代を築いた。東京にて永眠。行年80歳。

磯部家・矢島家屋敷跡の石碑は下松・東洋鋼鈑の敷地内に建てられている。

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磯部敏祐が祐綏神社に奉献した鳥居

磯部敏祐が祐綏神社に奉献した鳥居

 


公開日:
最終更新日:2024/03/17

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