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本城三儒屋敷跡

本城三儒とは、本城家に三代にわたって偉大な儒学者が続いたのでこの名称がある。三儒とは紫巌・太華・素堂を指している。

紫巌(1737~1803)は最初、萩の明倫館で山根華陽に学び、やがて江戸の滝鶴台で学んだ。帰藩してから天明5年(1785)鳴鳳館が創立されると学頭としてその発展に尽力した。

太華(1755~1844)は、紫厳の子で、九州の高木紫溟や亀井南冥に学び帰藩して鳴鳳館の助教となり、更に世子広篤(後の九代藩主元蕃)の侍講となった。

素堂(1825~1865)は、通称清といわれ、徳山藩士江村氏の出で本城家を嗣いだ。藩主元蕃の近侍兼文学師範をつとめ、政務にも参与した。後に興譲館の教授となり更に世子元功の近侍となった。

(周南市教育委員会)

徳山高等学校の南東の緑樹帯に建っている。

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公開日:
最終更新日:2014/08/17

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